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2018.12.28

「慶應卒&実家は病院」何不自由なく育った代表芦川がベンチャーで勝負に出た理由・後編

大学の頃に起業したベンチャー企業が大学卒業と同時に廃業。企業に就職する道を選ばなかったことでたくさん“寄り道”をしてきたハッピーズ代表取締役の芦川泰彰。しかし、その“寄り道”のおかげで、人として・社長として多くの大切なことを学べました。苦労した20代とこれからのハッピーズを芦川が語ります。

前編はこちら

 

就職せずに2回目の起業。今思えばどこかのベンチャーで修行すべきだった

▲苦楽をともにした創業メンバーと芦川(右)(写真は2013年シリコンバレーにて)

 

大学時代に起業したベンチャー企業が廃業。タイミング悪く5年かかった大学を卒業した時でした。

有名企業からもオファーをいただいていたのですが、「今から新卒1年目として働くこと」がカッコ悪い&縛られたくないと思ってしまった私が選んだのは、もう一度、“起業”すること。

起業するにあたり特段不安はなく、なんとかやっていけるでしょうと楽観的に思っていました。

まず、原宿に1Rのオフィスを借りたのですが、事業内容も決めなかった上に熱いパッションもなく、のらりくらりとしたスタートでした。大学時代に猛烈に働いていたこともあり、その反動で1年目は特に何もせずにボケーっと過ごしていましたね。

2年目になりそろそろ真剣に働き出さなくてはいけないと思ったタイミングで、慶應義塾大学の1学年後輩である水野永吉 と出会い、その後、前職の仲間である森井英貴と再会。3人で一緒に仕事をすることになりました。

事業内容は慶應義塾大学ゴルフ部に所属していた水野のアイデアで「ゴルフ場への送客ビジネス」でした。最初に手掛けたマッチングビジネス。

楽天が運営するゴルフ場予約サービスGORAやゴルフショップサイトGDOなどインターネット予約が盛んな時に、ネットを使わずにアナログな手法で取り組んでいました。

電通やTBSなど大企業に勤める先輩方に、「ゴルフコンペがあれば教えてください」と言って営業しまくっていました。今思うと、なんでそんなことをやっていたんだろう。本当に効率が悪い。

優しい先輩は弊社にゴルフコンペの予約依頼をしていただいておりましたが、当然ニーズがないのでまったく儲からず、月次100万円ほどという状況でした。

いいサービスでも需要がなければ使ってもらえない。それはいいサービスとはいえないという市場の評価であることを勉強させてもらいました。

ただ、この時にマッチング(送客)ビジネスを覚えたことは、今日において非常に役に立ちました。マッチングビジネスは初期投資が必要なくマッチング手数料ベースなのでリスクが低く、高い利益率なのです。

 

得意の“営業”で売り上げ1億円突破。その先に待ち受けた疲弊

▲ 移転前の赤坂オフィスにて。社員も増え、手狭になりはじめた

 

ニーズのない自社サービスはどんなに頑張っても売上につながらないとわかった1年後、そろそろ見切りをつけて次にいかなくてはと思い、他社商材の“営業”をすることにしました。

創業メンバー3名は営業力はあったので商材問わず広告営業・ホームページ制作・受託ビジネスなどで営業してみたところ、すぐに売上1億円を突破しました。

しかし、「営業で稼ぐ」ことは労働集約なのでとても疲れました。働けば働くだけ売上はあがりますが、その分体力面・精神面での負担が大きく、私もメンバーも疲弊していきました。

やはり「仕組みづくり」をして効率のよいビジネスをしないといけないなと。また、「他社の商品・サービス」を売ると売上高は大きくなりますが、利益額は比例して大きくなりません。

これは、非常に辛かったです。自社サービスを展開してオンリーワンかつナンバーワンを目指す必要性を強く感じました。

そこでつくったのが、のちに弊社の主軸ビジネスとなる「交通事故病院」(自賠責患者と整骨院のマッチングメディア)でした。

元従業員の家族が交通事故に遭い困っていたところ、インターネットに適切な情報が展開されていなかったことがメディアをつくるキッカケとなりました。

インターネットメディアをつくったことのある経験者は誰もいなかったので手探りで進めていきましたが、完成度の低いサイトでもコンバージョンがあったことで世の中の必要性(ニーズ)を感じることができました。

当時は調べもしなかったのですが、年間60万人もの人が交通事故に遭い困っていることが後からわかりました。人生に一度あるかないかの出来事であるため事故にあったユーザーは情報不足になりがちで、しばしば不利な状況が強いられます。いわゆる情報の非対称性です。

わたしたちはこうした領域に対し、ユーザーの不便や不安、不満を解消する、正確でフェアな情報提供を行なっていこうと、このサービスを成長させていくことで方向性が固まりました。

 

伸び悩んだ3年間。成果報酬型の収益モデルへ変えた途端に大躍進

▲事業を転換したことで、楽しく仕事ができるようになってきた

 

しかし売上1億円を達成してから3年間は、会社の成長は横ばいでした。

打つ手打つ手が刺さらず、しんどい時期が続きました。その間に創業メンバーも辞めていくなどの辛い出来事も……。

理由はシンプルで「個人の営業力」に限界がきていました。自社・他社の商材を売り歩いても人を増やさない限り右肩上がりの成長はできません。「営業力」主体の会社で人を増やすことは避けていたので当然売上も拡大しません。

そこで、大きく舵をきることにしました。

①自社メディア事業のみに集中(広告営業をやめる)
②広告モデルから成果報酬モデルに切り替える

それまでは広告営業で収益を立てていたので収益的には安定していましたが、一部のお客様からは“成果”が出ずにクレームをいただくこともありました。そこでお客様に成果が上がりその一部を報酬としていただく成果報酬モデルに切り替えたのです。

当時運営していたメディアは、トラフィックも少なかったので最初は売上が上がらず辛い時期が続きました。しかし少しずつメディアが成長していくにつれ、お客様に成果を提供することができ、良好な関係を構築できるようになりました。

何よりもメディアという仕組みで売上をあげることができたことで、労働集約(働いただけ売上が上がる)にならず利益率が上がり、従業員の疲弊も減って会社としてイイ波に乗れました。

営業カルチャーからメディア運営カルチャーに転身するのは勇気がいりましたが転身して本当に良かったです。

そういえば、サイバーエージェントの藤田晋社長が「ネット広告代理店からAmeba事業に大きく舵をきったことが大きなターニングポイントになった」とおっしゃっていました。

規模は違えど、弊社の歴史の中でもこの“転身”が、一番のターニングポイントとなり、今までとは違う推進力となって動き出しました。

 

どんな時代でも“勝てる”会社にする。営業利益100億円への道

▲2018年9月に移転した紀尾井町オフィス。

メンバーは広々した空間で仕事に取り組んでいる

 

2018年11月現在、株式会社ハッピーズはインターネットメディア事業を通じ、従業員47名とハッピーをつくっています。

インターネットの普及で大量の情報が手に入るようになった現在でも「本当に知りたい情報」を探すのはまだまだ難しいと思っています。

飲食店予約など自分自身で意思決定できるコトに関してはインターネットが便利ですが、生命保険選びなど自分自身で意思決定できないコトに関してはまだまだインターネットで完結できません。

当社は自分自身で意思決定できない(=ユーザーと事業者における情報の非対称性が存在する)コトをインターネットメディアとコールセンターで解決し、情報格差を是正してひとりでも多くの方々にハッピーになっていただきたいと考えています。

ユーザーの求める情報を突き詰め、徐々に唯一無二の自社インターネットメディアが育ってきました。ここからは今まで以上のスピードで圧倒的業界No.1を目指します。

そのためにも、仲間・サービス・投資できるお金 がそろってきた段階でまたもうひとつ上のフェーズに進みたいと思っています。

当社のミッションである「新しい価値の創造を通じ、世の中が便利になるプラットホームをつくる」ことを念頭に、インターネットメディアにとらわれることなく「人が困っていること」を課題とし、最適な解決策でハッピーをつくっていきます。

また、今後も売上高ではなく営業利益高にこだわり続けます。そして本質的な営業利益高を追求することで、いつの時代でも勝てる強力な組織をつくっていきます。

移り変わりの激しいベンチャー業界だからこそ“勝ち続けられる”ことが大切です。

私が45歳になる14年後までには常に営業利益100億円を出し続けられるハッピーな会社をつくっていきたい。私はそう考えています。